矯正歯科医として、私たちは「矯正で鼻が高くなりますか?」というご質問を、患者様から幾度となくいただいてきました。その純粋な期待に対し、私たちは専門家として、正確な情報をお伝えする責任があります。まず、最も重要な事実として、歯列矯正治療が鼻を構成している鼻骨や鼻軟骨を直接動かしたり、その形を変えたりすることは解剖学的にあり得ません。私たちの治療領域は、あくまで歯と、その歯を支える歯槽骨に限られます。では、なぜ「鼻が高くなった」と感じる現象が起こるのでしょうか。それは、顔が個々のパーツの集合体であり、その印象は各パーツの「相対的な位置関係」によって決定づけられるからです。想像してみてください。平地にぽつんと立つ一本の塔と、そのすぐ隣に大きな山がそびえ立っている場合とでは、同じ高さの塔でも、その見え方や存在感は全く違って見えるはずです。これと同じことが、顔の上でも起こっています。矯正前の突出した口元は、まさに鼻の隣にそびえる「大きな山」です。この山(口元)が、矯正治療によって低く、あるいは適切な大きさになることで、これまで隠れていた塔(鼻)の高さや形が、はっきりと認識できるようになるのです。私たちは、セファログラム(頭部X線規格写真)を用いた分析により、歯や顎の骨といった硬組織を動かした際に、唇などの軟組織がどの程度変化するかを、ある程度予測することができます。しかし、その変化の仕方は皮膚の厚みや筋肉の付き方など、個人差が非常に大きく、結果として鼻が「どう見えるようになるか」を100%保証することは不可能です。ですから、私たちは患者様にこうお伝えしています。「歯列矯正の第一の目的は、美しく機能的な噛み合わせを獲得し、お口の健康を生涯にわたって維持することです。その過程で、顔全体のバランスが整い、鼻が高く見えるといった審美的な改善が起こることは、素晴らしい『副産物』ですが、それを主たる目的とすべきではありません」と。この真実を理解していただくことが、後悔のない満足な治療への第一歩だと信じています。
歯科医師が解説する歯列矯正と鼻の関係性の真実