頭痛、肩こり、めまい、耳鳴り、原因不明の倦怠感…。医療機関で検査をしても特に異常が見つからない、このような心身の不調は「不定愁訴」と呼ばれ、多くの現代人を悩ませています。そして、この一見、歯とは無関係に思える不定愁訴が、実は「歯列矯正」と深く関わっている可能性があることは、あまり知られていません。その関係は非常に複雑で、歯列矯正は不定愁訴を劇的に「改善する」救世主になることもあれば、逆に「引き起こす」原因になることもある、まさに諸刃の剣なのです。なぜ、歯並びが全身の不調に関わるのでしょうか。その鍵を握るのが「噛み合わせ(咬合)」です。私たちの噛み合わせは、単に食べ物を咀嚼するためだけのものではありません。噛むという行為は、顎の関節(顎関節)やその周りの筋肉(咀嚼筋)を介して、頭蓋骨、首の骨(頸椎)、そして全身の骨格バランスにまで影響を及ぼします。噛み合わせが悪いと、顎の位置がずれ、咀嚼筋が異常に緊張します。この緊張が首や肩の筋肉に伝わって慢性的な肩こりを引き起こしたり、顎関節への負担が三叉神経などを刺激して頭痛やめまいを誘発したりすることがあるのです。このため、歯列矯正によって乱れた噛み合わせを正常な状態に戻すことで、長年悩み続けてきた不定愁訴が嘘のように改善するケースは少なくありません。一方で、矯正治療中の噛み合わせが不安定な時期や、治療計画が不適切でかえって噛み合わせが悪化してしまった場合には、これまでなかったはずの不定愁訴が新たに発生してしまうリスクも存在します。歯列矯正を考える上で、この不定愁訴との密接な関係性を理解しておくことは、治療の可能性とリスクの両面を正しく把握し、後悔のない選択をするために不可欠な知識と言えるでしょう。